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カリフォルニア紀行その4

<4月3日から10日;ロサンゼルス編>

ロスでは、私の親戚の家に滞在させていただきました。親戚と言っても、アメリカ人なので日本語は通じず、性格・人柄もアメリカ人です。でも、おうちだと、お洗濯もお料理もできるので、やっぱり子連れには本当にラクで有難かったです。アメリカ人だから、食事とかも一切用意してくれるわけでもないので、自分で気楽に作れて、それもかえってよかった。

さらに、この家は、サンタモニカのミツワまで車で10分という羨ましい限りの立地!!!もうねー通いましたよ、ミツワに!!ここで普通の日本のスーパーに行くかのように日本食材をお買い物して、キッチン(しかも豪邸の超デラックスなキッチン)を借りて食事を作って、あぁとても幸せでした。美味しいかぼちゃとか、めかぶとか、もずくとか、納豆とか、しらすとか、お魚とか、薄切り肉とか、日本のパンとか、ケーキとか‥。

おかげで、親戚の叔母には呆れられ、「またミツワに行ったのー」と言われるほど。私のこの嬉しい気持ち、わからないだろうなぁーー。

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ロスについた日は、ミツワで山頭火のラーメン!!美味し~い!!健太も目の色変えて食べてましたよー。

翌日は、市内をグルーっとドライブしました。私はもうロスには4回ほど行ったことがあり、あらためてここに行きたい、って場所は特になし。夫は3回目だけど、いつも試験とかで観光したことがないので、観光がてら。あと、この翌日で、夫が一足先に帰り、私の母が日本から入れ替わりにくることになっていて、私が一人で運転にしなければならず、運転の練習も兼ねて、です。

ロスのフリーウエイ(片側5車線とか!渋滞とか!ロチェスターではありえない!)なんて、走れるかな、っとちょっと心配したけれど、大丈夫でした。やはり、こちらで田舎道でも右車線運転していることは大きいなぁ。標識とかの見方も見慣れているし‥

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まずは、マリナデルレイからサンタモニカへ抜けます。海が綺麗!空が綺麗!暖かで気持ちいい!ここが人気の秘密がわかります!

サンタモニカから東へ向かい、ビバリーヒルズ、ロデオドライブ、チャイニーズシアター、ハリウッドとずっと下道をドライブ。変わりゆく景色を堪能して、ハイウエイに乗り、ダウンタウンへ。お昼をリトル東京で食べて、マルカイ、ミツワで買出しし、一旦帰宅。夜は、親戚が皆集まってくださり、レストランでディナーでした。お寿司にすき焼き、美味しかったけど、健太が限界で私はあまり落ち着けず。。。まぁ、しょうがないですね。

翌日4日は、空港に母を迎え、夕方夫を送る。久々の母と健太の再会。健太、少し人見知りする時期だったので、泣くかと思ったけど、泣かずにすぐになついていた‥やはりわかるんだなぁ。夜はまたミツワへ。

5日、私のお友達と会いました。と言っても、これが初めてのご対面。というのも、ネットでの知り合いだったのです。ロスでナースをされていて、5ヶ月の男の子がいる、と状況が似ていて(私は今ナースはしてないけど)、話がつきず!!こういう会話ができるのって本当に有難くて嬉しくて!!考え方も似ていて、フィーリングが合う、っていうんでしょうか、非常に貴重で楽しい時間でした。もっともっと話明かしたかった~と思うほど。

P1060426 お友達が持ってきてくださったカリフォルニアロール、絶品!

6日は、親戚のお墓参りをし、リトル東京にある全米日系人博物館(親戚は日系3世でここで働いている)へ。

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アメリカの日系人にはかつて重い歴史があります。

真珠湾攻撃の1ヶ月あと、敵国出身である日系人は強制収容所にいれられて劣悪な環境の中暮らしました。アメリカにアメリカ人としての忠誠を尽くすために、自ら危険な部隊の兵士として志願する人も多かったのです。アメリカ人として、母国日本、家族親戚のいる日本を敵として攻撃した気持ちはどんなものだったでしょう。戦時中に土地や財産も全部没収され、戦後は着の身着のまま、ゼロからのスタートでした。

実は、今回の旅行で、ヨセミテに行った時に、タイオガロードからシエラネバダ山脈を越え、デスバレーに抜ける計画を始め立てていました。その理由のひとつに、マンザナール収容所という日系人の収容所跡が途中にあるので、是非訪れてみたかったのです。残念ながら、まだ雪でタイオガロードが閉鎖されていたので、計画倒れになりました。でももう一度、ヨセミテに行ってみたいので、その時には是非マンザナール収容所跡にも行ってみたいと思います。

ちなみに、私の親戚はそこの収容所ではなくて、アーカンソーの収容所に入っていたそうです。

山崎豊子が「二つの祖国」という本に、日系アメリカ人の戦時前後の様子を書いています。もし興味がある方がいらっしゃったら、是非読んでみてください。

日系人博物館にも機会があれば、是非行ってみてくださいね。

http://www.janm.org/jpn/main_jp.html

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ちょうどリトル東京が桜祭りをやっていたのでそこにも寄りました。

Dscf0044 onizuka street; 日系宇宙飛行士の故onizuka(シャトル打ち上げ直後に爆発して亡くなった)氏をたたえて、ストリートに名前がついています。

Dscf0041 またもリトル東京でお昼。

日本食三昧で、嬉しい~!リトル東京には、紀伊国屋や山崎パンまであって、もう日本そのものです。日本に帰ったみたい。

夜は、母のためにまた親戚が集まってくれました。前回、私が健太に大変そうだったと思ったらしく、今回は家でやってくれて、有難かったです。

ロス後半へつづく‥

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